--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013
01.13

うた恋い。2 和歌物語五

今日の一冊:超訳百人一首 うた恋い。2(本棚から)

和歌物語 五

2日も間が空いてしまいました。
気を取り直して、今日はとうとう、うた恋い。2の最後のお話です。

出てくるのは、六歌仙の一人喜撰法師と、紀貫之。
うた恋い。2は、実は紀貫之が古今和歌集を編纂するために、
喜撰法師に六歌仙がいたころの逸話を聞きにきて、
当時の話をしてくれている、という設定で始まっています。

歌物語五は、その二人が回想から戻ってきて、話しているところです。

ネタバレ感想はいつものように続きを読む、からどうぞ。

本の紹介と、ほかの話へのリンクのページはこちら↓
 うた恋い。2 全体感想


良かったらぜひ押してください↓
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村





わがいほは 都のたつみ しかぞ住む 世をうじ山と 人はいうなり
                            <喜撰法師>

紀貫之(きのつらゆき)に請われて、小野小町、在原業平、文屋康秀の、
三河行きの話をしていた喜撰法師(きせんほうし)が、
熱心にメモを取る紀貫之に理由を問うと、
在原業平を主人公にした、仮名で書いた物語を作ろうという話があるという。

自分たちの時代と違い、宮廷に和歌が十分浸透しているためだろうと、
仮名が流行しているという話に少し驚きながら、
いい時代になったものだと、感銘を受ける喜撰法師。

都から離れたところに庵を置いていた喜撰法師のもとを、
康秀が訪れたときのことを思い出した。
喜撰法師に、静かで厭世家にはもってこいだという康秀に、
自分は好きでここに住んでいるのだといって、喜撰法師が詠んだのは、

「わがいほは 都のたつみ しかぞ住む 世をうじ山と 人はいうなり」 

 ここは静かで落ち着くから気に入って住んでいるのに
 都会に疲れて逃げたなんていいかげんな噂もあるようで


うらやましいならお前こそ山に逃げろという法師に、
康秀は、出家願望もないし、逃げる気はないという。
自分は出仕していてこそ歌人として活躍できるので、
自分もまたいやなことはあるが、選んで都にいるという。

和歌が宮中に確固たる地位を築く前に死んでしまった康秀が、
今頃、紀貫之をねたんでいるだろうと冗談を言うと、

「今また和歌を見直そうという流れの裏には少なからず、
 彼ら近代化人の貢献があります。
 彼らがいたから、天皇の命で歌集を編む時代が来た。
 彼らの和歌も想いも、ちゃんと今につながっています。
 だからこそ私は彼らの名を序文にたたえたい。」
「うん。そう言ってもらえるとうれしいよ。
 康秀も、なにも出世したいがためだけに和歌を詠んどったわけではあるまい。
 あの時代に和歌を詠み続けたのは、歌を愛する自分に誇りを持っとったからだ。
 そして・・・自分が何を残していけるか、和歌に懸けとった。
 それが今ようやく、確かな形で評価される。
 あいつらもきっと喜んでおるよ。」

和歌が生まれ変わろうとしていた時代の六歌仙の歌が、
藤原定家の手によって百人一首に選ばれるのは、
古今和歌集成立からおよそ三百年後のことである。



ここから感想です。

うた恋いのメインテーマと言える、話なのでしょうが、
こんなに遠い時を超えて、今の私たちにも響く歌がたくさんあり、
それを残してきた人達がいるということに、やっぱり感動してしまいます。
時を越えられる人になり、そういうものを生み出せたこと。
日本人が昔から自然の美しさや、人との関わりを詠み続けてきて、
今もそれに感動できるというのは、とてもとても幸福なことですね。
スポンサーサイト
トラックバックURL
http://monogatarigatari.blog.fc2.com/tb.php/52-fb320f73
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。