--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2012
11.28

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか その2

Category: 生きもの
今日の一冊:日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか(本棚から)

昨日に引き続き読んだのですが、中盤は歴史哲学の話っぽくなって、
あまり読み進むことが出来ませんでした。
今日読んだのは

第3章 キツネにだまされる能力
第4章 歴史と「見えない歴史」

です。

ちなみに今日は図書館から、東野圭吾さんの白夜行と、
俵万知さんのあなたと読む恋の歌百首を借りてきました。
乞うご期待!

ネタバレ感想は続きを読むからどうぞ。


良かったらぜひ押してください↓
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
第3章では、著者の暮らしている上野村の民族などから、
今の生活と昔の生活との人々の自然との関わりの意識の差、
また仏教との関わりで、人が自然に帰りたいと願う、
思いの背景などに触れています。

以前は子供が生まれる前から、
生まれてすぐ、初めて外に出るときなど、
たくさんの通過儀礼を行っていたという話しに興味がわきました。
私など、袴着とか、七五三くらいしか知りません。

また人が自然に帰りたいという思いが、
日本独自の仏教思想と深くつながっているという話も、
すっと胸に入ってきました。

そういう世界観を持った村の生活が成り立ち、
個人が村社会の中にあって成り立っているという感覚があってこそ、
人がキツネにだまされるということが起きた、という結論でした。

第4章では、歴史哲学の話が展開されています。
キツネの話から離れて、歴史とはどういうものかという話でした。
私自身、過去になった瞬間に完璧な歴史はわからなくなる、
というイメージがありましたが、
ほぼ同じようなことが書いてあるように思えました。

人間の認識する一つ一つの過去の歴史自体が、
個人の価値観に影響されている。
今歴史といわれているものは、
これまでの人達が経済の発展という一つの軸に沿って作られたもので、
その軸とはまったく関係のない、キツネにだまされてきた歴史は、
見えない歴史となってしまっている。
そういう締めとなっていました。

あと2章。
素敵な結論だといいです。

本の紹介と、2章まではこちらです↓
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか その1
スポンサーサイト
トラックバックURL
http://monogatarigatari.blog.fc2.com/tb.php/16-d3d19c30
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。